みんな帰った東京本店。
ぽつーんと一人でこうしてBLOGをしたためるのも一体いつぶりでしょう。
日付変わって3.11ではなくなったけど、この一年を振り返りながら、思考の整理整頓中。
7日に上京し、翌日PRSの選定会、以降今この瞬間までダダダって、ズバババって、そんな擬音語で表現したくなるような時間が過ぎました。
いつものことじゃない。なんてそんな冷たいこと言わずに少しお付き合いください。
出来れば、何かのついでに読み飛ばすような時間でなく、ゆっくりと読んでもらえるような、そんなタイミングで読んで頂ければ嬉しいです。
でも、この文章が、今これからどのような内容になるのかも知らず、どこへ向かうのか告げられない旅のような感じで、ある意味抜け殻のようなもう一人の自分を俯瞰するような感覚で筆を進めています。
今のBGMは安全地帯。
安全地帯と言えば近年、Freedom Custom Guitar Research。
社長の深野さんは私と入れ代わるように九州に行っています。
明日(もう今日12日)、羽田から福岡空港に飛ぶ私と、福岡から羽田空港へ飛ぶ深野社長。19時半に空港で落ちあって食事しながらミーティングする予定でいましたが、私は東京滞在を延長しようと考えながらの日記です。
話を戻しまして、今日は3.11でした。
あの日の出来事は一生忘れることが出来ません。
あの瞬間、私は代休で横浜みなとみらいのビルの上にある温泉に母校の先輩と二人でいました。
館内は地獄絵図となり、その後の脱出劇や深夜の再会劇は、克明に記憶に留まっています。
私は経営者として私の人生と表裏一体である店舗と従業員そしてその家族の身を案じました。店舗にはお客さまからお預かりしている委託販売品もあります。
震災で何もかも失った方々の前では表現をはばかりますが、私の店舗では立地条件のせいで揺れる方向がギターがぶつかり合う方向でなく、またその他備品も設置方法のおかげで被害はゼロでした。
当時妊婦だった妻は勉強会で日本橋の保健所にいて安全でしたし、都内の自宅マンションは免震構造により難を免れました。本当に運が良かった、ただそれだけでしたが、この日以来、危機管理について身を持って学んだこと、被災地を目の当たりにして心を痛めたこと、それからずっと続いている漠然とした未来への不安感や、反対に、人々の強さ、優しさ、励ます力、、、そのアンバランスなバランスが自分の中に小さく誕生した気がします。
2011年が始まった時は、色々な「誕生」に心馳せていました。
1月に新車を予約し、2月には横浜に新居を買い、新しい生命が生まれてくる7月に視線が向いていました。
2011年1月4日にはこんなことを書いていましたね。
http://bug.seesaa.net/article/178419952.html
ところが、地震により、車は納車未定となり、妻は緊急避難で3月下旬の新居を見れずに即里帰りし、私一人で引越し(退去と入居)の作業を行うことになり、電力問題、放射能問題、何もかもが不透明なまま、変えることの出来ないシナリオをなぞって行くような日々でした。
しかし、プライベートに関する遅れや不足はなんてことありません。少しでも多くの被災地支援が速やかに実行されるように願う気持ちが強すぎて、非常にピュアなもう一人の自分がいるようでした。そんなアンバランスも成立していたのでしょうか。
東北は従業員の故郷でもあり、彼らの家族が住むふるさとでもあります。無論、これまでBUGにたくさんの応援をくださったお客さまが住んでいらっしゃる地域でもありました。
義援金の募金活動をすぐ翌日から開始し、今日まで一年間ずっと募金を続けてきました。今回この場ではお名前や金額を掲載しませんが、ある方からは継続的に何度も募金振込を頂きました。
この気持はこれからの日本を支える最高の魂(スピリット)になると信じています。
復興までの道のりは長くとも、しっかりとした足取りで、国民の力で、政治も悪しき慣習も覆して進めていけると良いなと思っています。
特に、「楽天的に、元気に、自分ができることを楽しむ。」そして、「人に優しく。」これに尽きると思います。
楽器のチカラ。音楽のチカラ。これらは人々の心に薫風を吹かせたり、太陽を輝かせたりできると思いませんか。
そんな文化とその経済活動に気持ちよく“金は天下の回り物”的明るい気持ちでショッピングしてくださっている皆さまを誇りに思います。そんな職業で日々忙しく生かされていることを誇りに思います。だからこそ、私の店は「楽器屋」とか「ギター屋」と呼ばれたくない、思われたくない。どこかそんな意地があります。
絶対、確実に、その“経済を回そう”という志は国力を復活させますよ!!
まだまだ辛抱強く、顔を上げて、前へ進みたいと思います。
皆さんいつも本当にありがとうございます。
これからも宜しくお願い申し上げます。
今夜、この日記を書こうと思ったのは、もうひとつあります。
それは、先ほどの写真で投影されている「ぽつーん」とした音のない店内を見て感じたこと。
「人と人との巡り合わせ」について。
2011年は、私もとうとう2店舗目を出しました。
現在私はその横浜の新居の家財道具をそのままに、博多に移住し福岡サンパレス店の基盤作りを行なっています。
全ては出会いによって生まれた産物。
新居、新車、新生児、新店舗、新生活、、、考えてみたら、予定されていたスケジュールにはキャンセルがありませんでしたし、むしろ追加・加速して走り抜けてきた一年間でした。
そういえば台風に襲われながらも渡米したんでしたね。
私のこのブログは、そもそも「DIARY」というホームページ内での日記コーナーが独立した物でした。
2004年2月29日からスタートしたその日記は、すでに8年の年月(としつき)を重ね、1400件を超える記事を作成しました。
今まで弊店への就職希望で応募してきた方々もほぼすべてこのBLOGの求人を見てのことでした。
2006年9月15日にはリクルートでこのようなことを書いていますね。
http://bug.seesaa.net/article/23776279.html
この時に応募してきた一人が今、田園調布本店のチーフを担うT氏。
そして2007年4月23日の求人記事でT氏のことを紹介していますね。
http://bug.seesaa.net/article/39715048.html
彼はDiaryもBLOGも全て目を通して面接に来ました。
こればかりは本人のセンスなんですが、やはりスタート時点で視点が違っているし、基礎能力(吸収力)が高いんですよね。
彼は今や日本で最もPRSに関する知識と技術が高い人材ではないでしょうか。
これから先、福岡店をどういう風に育てていくのか、モノとカネとヒトの問題(求人)には頭を悩ませます。
人柄が良くて、問題解決力のある人。
体力があって、PCスキルの高い人。
企画力があって、実行力のある人。
将来の店長候補として、育て甲斐のある人間と出会わなくてはなりません。
今のスタッフにだって不平不満はありますが、良い所もたくさん持っていて、とても良くやってくれていると思っています。
もうこれほどの人材と出会い育て上げていく(いろんな意味での)体力が私にあるのだろうか?と、ふと考えてしまいます。
そんな時にも、音楽に励まされたり、復興支援を頑張っている方々に励まされたり、そして何よりも現地で苦しい日々を明るく笑顔で過ごしている方々の様子を見聞きして、かえってこっちのほうがチカラをもらっていたりします。
もちろん、家に帰れば寝返りを打つようになった赤ん坊の無邪気な笑顔に癒されています。
よし、決めた。
まだまだ東京でやり残したこと、やりたい仕事が山積している。
今回は滞在を延長しよう。
月曜も火曜もバリバリ仕事するぞー!!
今のBGMはコチラ
槇原敬之『The Average Man Keeps Waking』
↓↓↓こちらは、オマケ。
音が出せる環境で、のんびりお茶でも片手にご覧ください。
それでは、引き続き、ボトムズアップギターズ東京店、福岡店、宜しくお願い致します。
代表 重浦
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